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三木谷社長!私は経営者こそが政治家になるべきだと思う。国家経営は企業経営と本質的には同じ。基本は税金と保険料の運用だ。後援会にしても政府にしても組織作りの要諦も同じ。プレゼン能力や交渉力もそうだ。また、退路を断っても帰るところはあるし、すでにお金に多少の余裕あるから、選挙怖くない。三木谷さんどうですか?

参議院議員 田村耕太郎 公式ブログ

うーん…。この手の混乱ってどうにかならないのかな。

今は亡きジェイン・ジェイコブズも「市場の倫理・統治の倫理 “Systems of Survival”」で強く主張しているように、国家経営は企業経営と本質的に「違う」のですよ。ハンナ・アーレントの「人間の条件」だったかでも一緒にするなということを言っていたと思う。これって、公共政策に携わる人間がまずなにより意識しなければいけない差異で、公共政策大学院などで最初に教えられる「きほんのき」だよ。もちろん、どちらも人間の集まりとルールと金を扱わなければいけないから、個別スキルは重なる部分があるけれどさ、矜持としてもつべき倫理や目的が全く正反対なんだよな。

元気が良いのはいいことだけれど、マトモな本くらい読んで欲しいよ。田村議員の履いている靴の1/100ほどの価格で買えるのだからさ。

(via kashino) (via pdl2h) (via jacony) (via kml)

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!なんてはしたないリブログ!

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Shichi-go-san 七五三 (via jpellgen)
ふわんふわんふわんふわん

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ふわんふわんふわんふわん

03 名前: 名無しさん@HOME : 2009/01/26(月) 21:23:20

以前、NHKの大相撲を見ていたら、力士がいきおいあまってお年寄りのいる升席に飛び込んだのさ。

そうしたらアナウンサーが、

「おばあさんは大丈夫でしょうか。おばあさんにぶつかったようですね」

みたいな事を言ったんだ。

するとゲストで来ていたデーモン小暮閣下が、

「・・・ご婦人と呼んだほうがいいのではないかな」

とアナにアドバイスした。

悪魔なのにさすがだな~と見直した。

問題が起きたときは、原因をつきつめるよりももっと大きいことを考えた方が解決し易い。

意識を高くすること。

山崎ナオコーラ 「ここに消えない会話がある」

ぶつかる

春秋(11/16) 日本経済新聞

 東京近郊に住む目の不自由な若い女性会社員が、都心まで一人、電車で通勤していた。大変でしょうと聞かれ「あっちこっちにぶつかりながら歩きますから、なんとか……」とほほ笑んだ。「ぶつかるものがあるとかえって安心」だと。

▼この問答をテレビで見た詩人の吉野弘さんは強い衝撃を受けた。目の見える自分には、人も物も「避けるべき障害」にすぎない。しかし彼女にとって、ぶつかってくる人や物は「世界から差しのべられる荒っぽい好意」であり、ぶつかることは世界と結ばれることだと知ったからだ。作品「ぶつかる」にそう記す。

先日、スピード違反の取り締まりに初めて捕まってしまった。もちろん捕まった事自体はスピードを出しすぎた私が悪いからいいのですが、初めての経験だったのでいろいろ驚いてしまった

まず驚いたのが取り締まりをしていた警察官の対応。以前職質された時とは全然違い、言葉遣いが非常に丁寧で腰が低い。正直下手な接客業なんかより断然対応が良かった。そして次に驚いたのがスピード違反をしたことについて全く注意されなかったこと。一通りスピード違反についての違反点数や反則金などの説明を受けましたが、スピード違反をした事については特に何も言われなかった。そして違反切符の手続きが終わった後「お気をつけてお帰り下さい」と言われ、これまた丁寧に送り出された

こういう警察官の対応を受けて、「もしかしたらこういうスピード違反などの違反者なんかは、お金を払ってくれるお客様として見てるのかもしれない」*1と、そんな事をふと思ってしまい、なんか複雑な気持ちになってしまいました

gkojaz:

devincastro:

Ladies and gentlemen, I will not be late for this very important date: March 5, 2010.

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devincastro:

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国民はタカリを覚えてしまった
情けない

「私立高校も、無償化して!」「公立と私立で格差ないよう、国が責任とれ!」…各地でパレードや集会:ハムスター速報

嫌気がさすので、あんまりニュース見なく(読まなく)なりつつある。

(via u-ch) (via reservoir) (via petapeta)

なぜ、これだけデジカメが普及しているのに、ノートを取る代わりに先生の板書をデジカメで撮影することが推奨されないのか。きっとevernoteが日本語解析に対応したら、板書の画像をアップするだけで後から検索も可能になる。それならばノートなんか取らずに、ICレコーダーで先生の喋りを録音し、デジカメで黒板などを撮影しておけばいいのではないか。

むろんそうならないのは、結局それらは授業の「記録」に過ぎず、その内容を「記憶」にとどめるものにするためには、一度手を動かすなどの作業を通じて、データを記憶へと変換する作業が必要になるからだ、と思う。そして「実況」とは、そうしたまとめ(≒主観による偏向)を出来る限り入れず、ありのままに伝える行為だから、正確に書き起こそうとするほど、そこで話されていることは記憶に残らないのではないか。そんなわけで、全ての内容を把握できるだろう人が誰もいないと予想され、また教育的効果を期待されている場だということもあって、あえて「tsudaるの禁止」と宣言したのだった。